東京地方裁判所 昭和63年(ワ)15465号 判決 1991年3月28日
原告
熊木俊明
右訴訟代理人弁護士
木村晋介
同
二瓶和敏
同
荒木和男
同
樋渡俊一
同
飯田正剛
同
田中裕之
同
櫻木和代
同
奥泉尚洋
被告
東洋信託銀行株式会社
右代表者代表取締役
妹背光雄
右訴訟代理人弁護士
河村卓哉
同
木ノ下一郎
被告
積水ハウス株式会社
右代表者代表取締役
田鍋健
右訴訟代理人弁護士
原隆男
同
圓山司
同
平出まや
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、各自金一〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告東洋信託株式会社(以下「被告東洋信託」という。)は、信託業務、銀行業務を営む株式会社であり、被告積水ハウス株式会社(以下「被告積水ハウス」という。)は建築請負等を業とする株式会社である。
2 原告は、昭和六〇年一二月七日、被告東洋信託(調布支店扱い、以下、同支店を単に被告東洋信託ともいう。)との間で貸付信託契約を締結し、原告名義の貸付信託口座を開設した。被告東洋信託は、右契約締結の際、原告の氏名、住所等を顧客情報として登録した上、「六三一四七六六―〇一」を原告固有のお客様番号とした。
3 被告積水ハウスの東京特建営業所(当時、以下、これを単に被告積水ハウスともいう。)は、昭和六二年二月二一日及び二二日、アパート経営等不動産活用に関する知識、情報の公開と啓蒙を目的としたアパートの経営勉強会(以下「本件勉強会」という。)を開催した。右に先立つ同月一三日、被告東洋信託は、原告の氏名、住所及び銀行コード番号「二一二」と調布支店コード番号「一八二」を冠したお客様番号「六三一四七六六―〇一」を印字した宛名ラベル(以下「本件宛名ラベル」という。)を同店の他の顧客の宛名ラベルとともに被告積水ハウスに交付し、被告積水ハウスはあらかじめ準備していた封筒に、本件勉強会についてのパンフレット等を入れ、被告東洋信託から受け取った右宛名ラベル及び被告積水ハウス自身の顧客の宛名ラベルをそれぞれ貼り付けたうえ、同月一四日、発送した。
仮に右の事実が認められないとしても、被告東洋信託は、右同日、本件宛名ラベルを貼り付けた封筒(以下「本件封筒」という。)を他の封筒とともに被告積水ハウスに預け、同被告は、同日午後七時から翌一四日午前九時半ころまでこれを保管した後、投函した。本件封筒は、同月一六日ころ、原告方に配達されたが、その中には、被告積水ハウスが主催する本件勉強会への参加を勧誘する案内状などが封入されていた。
4 銀行が業務上知りえた顧客に関する情報を漏泄してはならないとする守秘義務は、銀行の有する高度の公共性と、信用維持、預金者等の保護の責務からみれば、単に銀行の就業規則等による内部的規律、社会一般の信頼、期待に基づく道徳的な義務にとどまらず、銀行が顧客との間で行う個別的取引の際に負担する本来的債務または本来的債務に付随する信義則上の義務であり、法的な義務である。
殊に、今日、コンピューターによるデータ処理機能の飛躍的向上は、個人についての豊富な情報の集中、管理を可能にしたが、これによる個人情報の大量の集積は、当該情報により個人の人格の内面まで知ることを可能にし、情報を商品化する産業の発展は、情報へのアクセスを容易にし、このため個人の人格にも等しい情報が無制限、大量かつ迅速に流通することとなって、個人の人格等の侵害が懸念される。憲法一三条は、個人の尊重と生命、自由、幸福を追及する権利を認めているが、これには、自己についての情報をコントロールする権利という意味でのプライバシー権も包含されていると解するのが相当であり、右の意味におけるプライバシー権の保障の一環として、自己に関する情報を保有する者に対してその情報の第三者への提供、漏洩の禁止を求めることができるというべきである。
したがって、銀行が、顧客の承諾を得ず、かつ、顧客にあらかじめ異議を述べる機会を与えることなく、顧客の情報を第三者の事業目的のために第三者に利用させ(以下、当事者の主張中では「提供」という。)、または、顧客の情報を第三者が認識可能な状態に置いた(以下、当事者の主張中では「漏洩」という。)場合には、銀行は右守秘義務に違反したというべきである。
5 被告東洋信託は、右3前段のとおり、本件宛名ラベルを他の顧客の宛名ラベルとともに、被告積水ハウスに交付しているが、本件宛名ラベルには、原告の氏名及び住所、銀行コード番号と支店コード番号を冠したお客様番号が記載されている。そして、これによれば、第一に本件封筒の受取人が原告であること及び原告の住所、第二に原告の氏名と住所が銀行コード番号「二一二」と支店コード番号「一八二」を冠した「六三一四七六六―〇一」なるお客様番号を付して被告東洋信託調布支店に登録されていること、第三に右登録の事実から推測されるところの原告が被告東洋信託との間に何らかの取引関係を有していること(以上三点を、以下「本件情報」という。)がわかる。そうすると、被告東洋信託は、本件宛名ラベルを使用するについて、原告の承諾を得ておらず、かつ、原告にあらかじめ異議を述べる機会を与えていないから、被告積水ハウスに対し、本件宛名ラベルを交付することによって、本件情報を同被告に提供したというべきである。
仮に被告東洋信託が前記3後段のとおり、同積水ハウスに対し、本件宛名ラベルを貼り付けた本件封筒を交付し、その投函を依頼したに過ぎないとしても、本件封筒の表面には本件宛名ラベルが貼り付けられており、それが投函されるまで同被告に管理されていた以上、被告東洋信託は、本件宛名ラベルの使用について、原告の承諾を得たり、あらかじめ異議を述べる機会を与えていないから、本件封筒を交付することによって、本件情報を被告積水ハウスに漏洩したというべきである。
したがって、いずれにせよ、右は被告東洋信託の負う前述の守秘義務に違反し、原告に対する債務不履行となる。
6 また、被告東洋信託は、右3及び5のとおり、本件情報を被告積水ハウスに提供または漏洩したのであるから、右は前述の自己についての情報をコントロールする権利である原告のプライバシー権を侵害する行為として、不法行為となる。
7 被告積水ハウスは、本件勉強会を開催するにあたり、被告東洋信託調布支店の顧客に参加を勧誘することを企画し、前述のとおり、昭和六二年二月ころ、同店に対し、その顧客情報の提供方を求め、同月一三日ころ、同店から本件宛名ラベルあるいはこれを貼り付けた本件封筒の交付を受けたが、その交付を受けた際、それが原告の承諾を得ておらず、原告にあらかじめ異議を述べる機会を与えることなくされたことを知っていた。したがって、被告積水ハウスは、本件情報の提供を受けたか、その漏洩を受けたものであり、右は、被告東洋信託の債務不履行または不法行為についての教唆または幇助として、原告に対する不法行為となる。
また、このような不正な方法により収集した個人情報を利用する行為は、それ自体不法行為となる。
8 被告らは協力して、被告積水ハウスの主催を表示したアパート勉強会の案内状文書と同被告の宣伝文書を、同被告の社名を表示した封筒に入れ、これに被告東洋信託の顧客番号が表示された本件宛名ラベルを付した本件封筒を原告に送付したが、被告東洋信託の顧客用宛名ラベルを貼付した郵便物を、原告にとって全くの第三者に過ぎない被告積水ハウス名義で送付すること自体、原告に対する精神的ショックを与えるものであり、右は被告らの共同不法行為となる。
9 原告は、被告東洋信託及び同積水ハウスの以上の行為により精神的苦痛を被ったが、その損害は金一〇〇万円を下らない。
10 よって、原告は、被告東洋信託に対しては、債務不履行または不法行為による、被告積水ハウスに対しては不法行為による各損害賠償請求権に基づき、連帯して金一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の後であり、不法行為の日の後であることが明らかな昭和六三年一一月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告らの認否
(被告東洋信託)
1 請求原因1及び2の事実は認める。
2 同3のうち、被告積水ハウスが、昭和六二年二月二一日及び二二日、アパート経営等不動産活用に関する知識、情報の公開と啓蒙を目的とした本件勉強会を開催したこと、被告東洋信託が、右に先立つ同月一三日、本件宛名ラベルを貼り付けた本件封筒を他の封筒とともに被告積水ハウスに預け、同被告が、右同日午後七時から翌一四日午前九時半ころまでこれを保管した後、投函したこと、本件封筒は、同月一六日ころ、原告方に配達されたが、その中には、被告積水ハウスが主催する本件勉強会への参加を勧誘する案内用文書が封入されていたことは認め、その余は否認する。
3 同4のうち、銀行が業務上知りえた顧客に関する情報を漏泄してはならないとする守秘義務を負っていることは認め、右守秘義務の根拠が顧客と銀行との契約にあるとの点は争い、被告東洋信託に右守秘義務違反があったとの点は否認する。
4 同5ないし9の事実は否認ないし争う。
(被告積水ハウス)
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は知らない。
3 同3のうち、被告積水ハウスが、昭和六二年二月二一日及び二二日、アパート経営等不動産活用に関する知識、情報の公開と啓蒙を目的として本件勉強会を開催したこと、被告東洋信託が、右に先立つ同月一三日、本件宛名ラベルを貼り付けた本件封筒を他の封筒とともに被告積水ハウスに預け、同被告が、右同日午後七時から翌一四日午前九時半ころまでこれを保管した後、投函したこと、本件封筒は、同月一六日ころ、原告方に配達されたが、その中には、被告積水ハウスが主催する本件勉強会への参加を勧誘する案内用文書が封入されていたことは認め、その余は否認する。
4 同4のうち、銀行が業務上知りえた顧客に関する情報を漏泄してはならないとする守秘義務を負っていることは認め、その余は争う。
5 同5ないし9の事実は否認ないし争う。
三 被告らの主張
(被告東洋信託)
1 被告東洋信託は、その営む信託業務の一環として、顧客等の財産管理運用に関する知識、情報を研鑽、収集し、これらを顧客等に提供してその利益や利便を図ってきたが、被告東洋信託調布支店は、不動産を利用した財産の運用方法の一つとして、アパート建設、経営による財産活用のノウハウをその顧客に提供することを企画した。そして、アパート建設業務の知識があり、右支店と古くから親密な取引関係にあって、技術力や社会的評価の高い被告積水ハウスの東京特建営業所に、アパート建設の知識を提供してもらうこととし、同被告と共同してアパート経営等不動産活用に関する知識、情報の公開と啓蒙を目的とした勉強会を開催することにした。
右勉強会の実施にあたり、被告らは、実施方法、役務、費用負担の方法などを協議して定めたが、勉強会開催を案内する相手先については、およその数だけを打ち合せ、具体的に案内を発信する相手先についてはそれぞれ独自の基準と判断で選定することにし、発信先はお互いに一切知らせなかった。
右勉強会は、被告らが交代で主催することとし、まず、昭和六一年九月二七日、主催被告東洋信託、後援被告積水ハウスとして、土地活用法の講演、税務相談、個別相談等を内容とする土地有効活用講座(以下「第一回目の勉強会」という。)を被告東洋信託調布支店において開催した。次いで、アパート建築現場を参観しながら前同様の勉強会を開催することを企画し、同六二年二月二一日及び二二日、主催被告積水ハウス、協力被告東洋信託として、被告積水ハウスが建築したセキスイハウスアパートの建築現場において、アパート経営勉強会を開催した。本件勉強会は右第二回目の勉強会である。
ところで、被告東洋信託の顧客に対する案内状の発送については、第一回目は調布支店で打ち出した宛名ラベルを同被告の封筒に貼り付け、案内状を封入して直接顧客宛に投函した。第二回目は被告積水ハウスに同被告の名入り封筒を納入してもらい、これに被告東洋信託調布支店で打ち出した宛名ラベルを貼り付け、主催被告積水ハウス、協力被告東洋信託と表示した案内状(但し、被告積水ハウスが発送した案内状には協力被告東洋信託の表示はない。)を封入した後、封筒を被告積水ハウス東京特建営業所に預け、投函してもらった。
2 銀行の守秘義務は、銀行の一般的対外的な行為につき課せられるもので、銀行自身の業務につき必要な範囲において顧客情報を利用することまで禁止しているものでない、銀行が第三者と共同事業を実施する場合には、右共同事業は、銀行から見れば、銀行自身の業務であるから、銀行が右共同事業のためにその保有する顧客情報を使用することは当然に許されるというべきである。銀行が共同事業者に対しても守秘義務に反して顧客の情報を提供してはならないことはいうまでもないが、本件勉強会は被告積水ハウスと共同で、被告東洋信託の業務の一環として実施されたものであり、被告東洋信託は原告等特定の顧客の情報のみならず、案内状の発送先の選定の基準、発送先のリスト、発送先が現在も被告東洋信託の顧客であるか否か等につき、被告積水ハウスには一切知らせていないのであるから、被告東洋信託には守秘義務に反するところはない。
3 仮に本件勉強会が被告東洋信託と同積水ハウスとの共同事業とはいえないとしても、銀行が自己の顧客に有益であると判断した諸種の情報を自らの顧客に対して知らせることは、顧客情報を他に提供したことにはならないというべきである。そして、本件においては、被告東洋信託は、顧客に有益と判断される本件勉強会開催についての情報を同被告の顧客である原告に知らせたに過ぎないから、そもそも原告の主張する情報の提供、漏洩には当たらない。
4 原告は、銀行が守秘義務に反して個人情報を第三者に漏洩したというには、自己の保有する一定の情報を第三者の知り得る状態に置くことで足りると主張する。しかし、個人情報の漏洩というには漏洩先に対する情報交付の積極的意図を必要とするから、その意図のない場合には、情報を第三者が知り得る状態に置いたからといって、個人情報の漏洩とはいえない。
そうすると、前述のように、本件においては、共同事業の遂行上生じた投函というわずかな作業につき、被告東洋信託が、これを被告積水ハウスに委託したに過ぎないから、それは情報の漏洩には当たらないというべきである。
5 なお、そもそも銀行の守秘義務の根拠は私的経済情報の秘匿にあるところ、原告が問題にしている個人情報とは、単に「原告が被告東洋信託と何らかの取引があるかもしれない。」と推測させるだけの情報に過ぎず、右は秘匿すべき私的経済情報には当たらない。またプライバシー保護の観点からも、「人がある銀行と取引がある。」という程度の情報は法的に保護を要する秘密情報ということはできない。したがって、仮に被告東洋信託に原告の主張する個人情報の提供ないし漏洩があったとしても、違法とはいえず、法律上の損害賠償責任を生じない。
(被告積水ハウス)
被告積水ハウス東京特建営業所は、近年都市部においてアパート建築の受注が急増していることから、広告、宣伝による顧客層の拡大、潜在顧客層の掘り起こしも兼ねたサービスの目的で、アパート経営のために必要な金融、税務、収支計算等に関するノウハウを提供するべく、かねてから取引のある被告東洋信託調布支店の協力を得て、アパート経営勉強会を開催することを企画した。
そして、被告積水ハウスと同東洋信託は、昭和六〇年八月ころ、提携企画として、アパート建築による資産活用の勧誘を内容とするリーフレットを作成し、昭和六一年九月に第一回目の勉強会を、同六二年二月に本件勉強会を開催した。
右各勉強会の案内は、新聞の折込み広告と顧客への案内状の発送により行ったが、案内状の発送先については、被告らがそれぞれの判断で決めた。したがって、被告積水ハウスは、同東洋信託がいかなる基準で誰に発送したのか知らない。第一回目の勉強会の案内状の発送は被告らがそれぞれ直接投函した。
本件勉強会の案内状の発送は、被告東洋信託の分も被告積水ハウスが投函したが、それは単に投函行為をしただけで、具体的なその名宛人については全く関知していない。
したがって、そこには情報の提供または漏洩は存しない。
四 被告らの主張に対する認否、反論
(被告東洋信託の主張に対して)
1 被告東洋信託の主張1のうち、被告東洋信託調布支店が原告に対して送付してきた本件勉強会に関する案内状が主催被告積水ハウス、協力被告東洋信託と表示され、同積水ハウスの名入り封筒に入れられ、同東洋信託調布支店が作成した宛名ラベルが貼り付けられていたこと、本件勉強会に関する案内状は被告積水ハウス東京特建営業所が投函したことは認め、第一回目の勉強会及び本件勉強会の開催の経緯、第一回目の勉強会に関する案内状の発送の経緯、本件勉強会に関する案内状のうち被告積水ハウスの顧客に対する発送の経緯は知らず、その余は否認ないし争う。
本件勉強会におけるダイレクトメールの発送に関し、被告東洋信託が行ったのは、同被告の顧客分についての宛名ラベルの準備だけであると考えるのが行為の流れとして、自然であり、本件勉強会の実態にも合致する。
すなわち、本件勉強会により得られる利益は、建築の請負契約を受注する被告積水ハウスの方が大きいこと、本件勉強会における被告東洋信託の出席者はわずか二名で、その余はすべて被告積水ハウスの出席者であり、本件勉強会の開催にあたり、同被告は、案内状印刷費、封筒費、郵送費、新聞折込広告費、会場提供者・出席税理士への謝礼など費用のほとんどを負担していること、本件において問題とされている宛名ラベルにより表示された「住所、氏名及びお客様番号」に関する被告ら担当者の顧客のプライバシー保護についての認識は希薄であり、わざわざ宛名ラベル準備以外の作業を被告東洋信託において実施するのは不自然であることなどからみると、前述のように考えるべきであり、結局、本件勉強会が被告らの共同事業であるとは到底考えられない。
2 同2の事実は否認する。
仮に本件勉強会が被告らの共同事業であったとしても、他人との共同事業に無断で顧客情報を利用することは、結局、他人の事業のために無断で顧客情報の利用を認めることにほかならず、憲法が自己情報につき情報コントロール権を認めた趣旨に鑑みれば、当該個人に無関係な場で個人情報の提供、流通が行われることは許されないから、共同事業であることを理由に被告東洋信託が顧客情報を同積水ハウスに提供、漏洩したことを正当化することはできない。
3 同3の事実は否認ないし争う。
本件は、被告積水ハウスが本件勉強会の開催を原告に知らせた事案であり、同東洋信託が自らこれを知らせたわけではない。また、被告東洋信託の主張する理由で個人情報の提供または漏洩を安易に肯定することは、情報主体とは無関係に当該個人情報の提供、流通が行われてしまう結果となり、個人情報の自己コントロール権保障の趣旨を没却することになる。
4 同4は争う。
プライバシー権を情報コントロール権としてとらえるならば、情報の漏洩とは情報に対する個人のコントロールを喪失させることで十分であり、自己の保有する情報を第三者の知り得る状態に置くことで足りる。実質的に考えても、情報の提供には積極的な意図が必要であるとすると、漏洩に該当するか否かは漏洩者の主観にかからしめられ、相当ではない。なお、本件においては、被告東洋信託は本件情報を同積水ハウスの主催する本件勉強会のためにあえて漏洩しており、積極的な意図があるというべきである。
5 同5は争う。
一般人の感受性を基準にすれば、一般に私人にとって、自分の財産がどこにあるか、自分がどこの銀行と取引をしているかといった事柄は、他人には知られたくない事柄であり、また、人が銀行と預金契約等を締結する際、その相手方である銀行自身が、銀行と取引をしている事実を第三者に提供、漏洩することはおよそ予想しないところである。高度の守秘義務、個人情報保護義務を負っている銀行であれば、自己が取引している事実を他に提供または漏洩しないという絶対的な信頼があるからこそ人は安心して銀行と預金契約等を締結し、取引しているのであり、プライバシー権により、預金者の右信頼は銀行の守秘義務の範囲内に属するものとして法的に保護されるべきである。
また、本件においては、銀行が単に取引銀行であるとの情報を提供しただけではなく、これにお客様番号を付して第三者に提供しているが、一般に人が銀行に問い合わせをする際、氏名に右番号を付して問い合わせれば、銀行はその詳細な取引内容を教えるものであるから、本件情報はその意味で重要な情報である。また、本件勉強会の案内状は、被告東洋信託調布支店の顧客の一部にしか発送されておらず、その意味でも右顧客名は高額、良質の取引者の情報として、価値の高いものであったから、いずれにせよ本件情報は法的保護に価するというべきである。
(被告積水ハウスの主張に対して)
昭和六二年二月二一日及び二二日に本件勉強会が開催されたことは認め、右勉強会の案内状の発送先について被告らがそれぞれの判断で決定し、被告積水ハウスは同東洋信託がいかなる基準で誰に発送したのかは知らなかったとの点、本件勉強会の案内状の発送は、被告東洋信託の分も被告積水ハウスが投函したが、それは単に投函行為をしただけで、具体的なその名宛人については全く関知していないとの点はいずれも否認し、その余は知らない。
第三 証拠<省略>
理由
一1 請求原因1の事実、同3のうち、被告積水ハウスが昭和六二年二月二一日及び二二日にアパート経営等不動産活用に関する知識、情報の公開と啓蒙を目的とした本件勉強会を開催したこと、本件封筒が同月一六日ころ原告方に配達されたが、その中には被告積水ハウスが主催する本件勉強会への参加を勧誘する案内状などが封入されていたこと、同4のうち、銀行が業務上知りえた顧客に関する情報を漏泄してはならないとする守秘義務を負っていること、被告東洋信託の主張1のうち、同被告調布支店が原告に対して送付してきた本件勉強会に関する案内状が主催被告積水ハウス、協力同東洋信託と表示され、同積水ハウスの名入り封筒に入れられ、同東洋信託調布支店が作成した宛名ラベルが貼り付けられていたこと、本件勉強会に関する案内状は被告積水ハウス東京特建営業所が投函したこと、被告積水ハウスの主張のうち、昭和六二年二月二一日及び二二日に本件勉強会が開催されたことは、当事者間に争いがない。また、請求原因2の事実は、原告と被告東洋信託との間では争いがない。
2 そこで、まず、本件封筒が原告宛に送付されるに至った経緯などについて検討する。
右当事者間に争いのない事実、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定に反する原告本人の供述は、たやすく採用することができず、他に、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 被告積水ハウス東京特建営業所(昭和六〇年当時、現在は東京特建営業部)は、昭和六〇年当時、東京周辺の地価が非常に高騰していたところから、顧客層の拡大、潜在顧客層の掘り起し及び従前からの顧客に対するサービス提供等の目的で、主に、三多摩地域の土地所有者に対して、土地の有効利用としてアパート経営に関する情報を提供することを企図し、アパート経営のために必要な金融、税務、収支計算等に関するノウハウを提供するべく、かねてから取引があり、同じみどり会(三和銀行を中心とした企業グループ)の会員である被告東洋信託の調布支店に協力を申し入れ、被告東洋信託調布支店も新規融資先の開拓を企図して右申入れを承諾した。
(二) 被告らは、まず、土地活用法の講演、税務相談、個別相談等を内容とする土地有効活用講座を被告東洋信託調布支店において開催することを企画し、被告らの顧客に対するダイレクトメール及び調布市とその周辺に対する新聞折込み広告によって参加者を募ることとした。
そして、被告らは、会場の広さを考え、第一回目の勉強会への参加予定者を五〇人と見積り、通常、ダイレクトメールを発送した場合、参加勧誘に応ずる者は一パーセント程度であることから、アパート建築による資産活用の勧誘を内容とするリーフレット、パンフレットなど(以下「リーフレット類」という。)をそれぞれ五〇〇〇通作成した。リーフレット類の内容は被告らいずれも同じで、第一回目の勉強会は被告東洋信託調布支店を会場とすることから、リーフレット類に主催被告東洋信託調布支店、後援被告積水ハウスと記載した。また、リーフレット類を送付するための封筒は主催被告東洋信託調布支店、後援被告積水ハウスとの名入りのものを作成した。そして、その封筒に顧客の宛名ラベルを貼り付けてリーフレット類や案内状を封入する作業は被告ら各自が行うこととし、被告東洋信託調布支店は、本店に依頼して送られてきた住所、氏名、銀行コード番号、支店コード番号とお客様番号が印字された同支店の顧客の宛名ラベルを封筒に貼り付けて封入した後、これを被告積水ハウスに預け、同被告は自己の顧客に発送する分も含め約五〇〇〇通を一括して投函した。
被告東洋信託がその顧客に発送した分は、右のうち約三〇〇〇通、同積水ハウスのそれは約二〇〇〇通であった。被告らは、それぞれの顧客のうち誰に発送するかは独自の判断で決めたので、互いに相手方がいかなる基準で、誰に発送したのか知らなかった。被告東洋信託調布支店は、当時の取引状況、顧客の要望等を考慮して、その顧客約七〇〇〇名の中から約三〇〇〇名を選んだ。
(三) 被告らは、昭和六一年九月二七日、住宅問題評論家、税理士を講師として招いて、第一回目の勉強会である土地活用法の講演等を内容とする土地有効活用講座を被告東洋信託調布支店において実施した。約五〇名がこの勉強会に参加したが、出席者のうち約四〇名は被告東洋信託の顧客であった。
(四) 第一回目の勉強会が好評であったので、被告らは、その後、第一回目の勉強会でアパート経営に興味をもった顧客から、アパート経営における事業の採算、資金調達、返済計画、家賃徴収等について具体的な相談を受け、被告らの従業員、税理士等がこれらに関する情報を提供するとともに、アパート建築の模様を実地にみてもらうことを企画し、第二回目の勉強会として、被告積水ハウスの建てたアパート建築現場を会場とする本件勉強会を開催することとした。
被告らは、本件勉強会では顧客の相談を受けることから、ある程度の時間が必要であると考え、参加予定者を三〇名とした。また、勉強会への参加を勧誘するため被告らの顧客に送付するリーフレット類は、従前被告積水ハウスが使用していたアパート建築による資産活用の勧誘を内容とするものや被告東洋信託が従前から使用していたものを使用することとし、リーフレット類を送付するための封筒も、費用軽減のため、第一回目のような被告らの名入りの封筒を作成せず、被告積水ハウスが普段使用している同被告の名入りの封筒を使用することとした。
リーフレット類の内容は、被告東洋信託の顧客宛に発送する分も同積水ハウスの顧客宛に発送する分も、ともに同じであったが、本件勉強会が被告積水ハウスの建てたアパートの建築現場を会場とし、しかも銀行の休日に開催されるので、銀行の名前を公にするのは好ましくないとの配慮から、主催者については被告積水ハウスの顧客宛に発送する分については被告積水ハウスとのみ記載し、被告東洋信託の顧客宛に発送する分については、顧客に不審を与えないため、リーフレット類や案内状には主催被告積水ハウス、協力同東洋信託調布支店と記載した。
(五) 本件勉強会の案内のためのリーフレット類や案内状の封入等の作業は、第一回目の勉強会と同様、被告ら各自がそれぞれの顧客宛に発送する分のみを担当した。被告東洋信託は約三三〇〇通、同積水ハウスは約二五〇〇通を発送することとした。
被告積水ハウス東京特建営業所の営業一課長松本隆二(以下「松本」という。)は、同年二月一三日に納品されたリーフレット類を、同日午後四時ころ被告東洋信託調布支店に届けた。被告らは、直ちに封筒にそれぞれの顧客の宛名ラベルを貼り付け、リーフレット類を封入する等の作業を開始した。被告東洋信託は同日午後七時ないし七時半ころに右作業を終えた。同被告が貼り付けた宛名ラベルは、第一回目の勉強会のときと同様のものであった。被告東洋信託は、同日午後七時半ころ調布支店に来店した松本に、段ボール箱二箱に入れた封入済みの封筒約三三〇〇通を渡した。松本は、同日午後八時半ころ、被告積水ハウス東京特建営業所に戻った。同被告の作業も終っていたが、夜も遅く、同日の投函はできないので、松本は、右段ボール箱に入った封筒を右営業所の企画室の部屋の中に翌一四日午前九時半ころまで保管し、同日午前一〇時ころ被告積水ハウスの分とともに、新宿郵便局で投函した。
なお、右企画室は会議等に使用される部屋であるため人の出入りは頻繁ではないが、施錠はされていなかった。
(六) 被告東洋信託は、第一回目の勉強会に送付した分のほか、新たに約三〇〇名の、被告積水ハウスは、同様、新たに約五〇〇名の顧客宛に案内状やリーフレット類を発送したが、第一回目の勉強会と同様、被告らの顧客のうち誰に発送するかは被告らがそれぞれ独自判断で決めて、相手方には、知らせなかった。
(七) 被告らは、昭和六二年二月二一日及び二二日、被告積水ハウスの建てたアパート建築現場を会場として本件勉強会を開催した。二日間に夫婦連れなど被告東洋信託の顧客が六組、同積水ハウスの顧客が七組、合計一三組が参加し、資金計画、税務問題、家賃徴収等について、被告らの従業員等が参加者からの相談に答えた。被告東洋信託側は、松本ほか一名がこれにあたった。
(八) なお、第一回目の勉強会及び本件勉強会の費用の負担については、被告積水ハウスが勉強会開催の企画を持ち込んだ際に、費用は同被告において負担すると申し出ていたこともあって、リーフレット類や封筒の印刷代、リーフレット類の郵送料、講師への謝金等は同被告が負担したので、被告東洋信託は、担当者が会場の設営、受付、応対等にあたったほかは、第一回目の勉強会の際に資料請求をした者に対する資料送付のための郵送料、自己の顧客に対する返信用の葉書の郵送料などを負担したに過ぎない。
(九) ところで、原告は、昭和六〇年一二月七日、被告東洋信託調布支店との間で貸付信託契約を締結し、同店に原告名義の貸付信託口座を開設したが、その際、業務上の便宜のため原告には「六三一四七六六―〇一」というお客様番号が付され、登録された。お客様番号は、同被告の本店システム部で専ら管理され、顧客が同被告に預金の残高等を照会する際や同被告において顧客宛に通信文等を送付する際に使われている。
原告は、被告東洋信託調布支店と取引を開始してから、何回か同店からダイレクトメールの送付を受けたことがあったが、昭和六二年二月一六日ころ、本件勉強会の開催を知らせる案内状やリーフレット類の封入された被告積水ハウスの名入りの本件封筒を受け取ったところ、封筒の宛名ラベルに、原告の住所、氏名の下欄に、銀行コード番号「二一二」と調布支店コード番号「一八二」に続き「六三一四七六六―〇一」が印字されているのを見て、それが原告が自己の名義で被告東洋信託調布支店に開設した貸付信託口座のお客様番号であることに気づき、被告東洋信託が同積水ハウスに原告と被告東洋信託との間の取引に関する情報を漏洩したと考えた。
3 右によれば、本件勉強会は被告積水ハウスがその顧客への情報提供と潜在需要の開拓のために企画し、被告東洋信託がこれに協力して実現したもので、被告積水ハウスの顧客への情報提供及び潜在需要の開拓は、同時に新規融資先の獲得など被告東洋信託にとっても利益となること、本件勉強会は第一回目の勉強会に引き続き、これと対をなすものといえるところ、第一回目の勉強会は、被告らが共同して企画し、被告東洋信託調布支店で開催されており、その開催の案内状等には主催被告東洋信託調布支店、後援同積水ハウスと記載され、右送付の際に用いられた封筒も主催被告東洋信託調布支店、後援同積水ハウスとの名入りのものであって、被告らの共同事業と認められること、被告東洋信託がその顧客宛に送付した本件勉強会の案内状には主催被告積水ハウス、協力同東洋信託調布支店と記載されていること、本件勉強会には被告東洋信託の従業員も出席していることなどを考えると、本件勉強会は、第一回目の勉強会と同様、被告らの共同事業として企画され、実施されたものと認めるのが相当であり、これらの勉強会の費用のほとんどを被告積水ハウスが負担していることや本件勉強会の案内状の送付には、同被告の封筒が使用されていることなどは、前記認定の勉強会を開催するに至る経緯等からみて、直ちに右認定を左右するには至らないというべきである。
4 そして、前記2認定の事実によれば、本件勉強会への参加者は被告らがそれぞれ独自の基準で決め、互いにその名前を明らかにしていないこと、被告東洋信託は、本件勉強会の開催の案内状等の発送にあたっては、その従業員において顧客の宛名ラベルを封筒に貼り付け、案内状等を封入するなどの作業を行ったもので、被告積水ハウスに対しては、専らその投函行為だけを依頼し、本件封筒を含む調布支店の顧客宛の封筒を段ボール箱に入れたまま預けたに過ぎないこと、被告積水ハウスは、右段ボール箱を一晩保管した後、投函したものであり、右保管中に、同被告の従業員において、ことさら右段ボール箱の中身を見る必要もなく、見るような状況にもなかったことが認められる。
そうすると、右認定の本件事情の下においては、原告の主張するように、被告東洋信託が被告積水ハウスに対し、調布支店の顧客である原告に関する本件情報を提供した、すなわち、被告積水ハウスの事業目的のために同被告に利用させたということはできないから、その余の点について判断するまでもなく、右を理由とする被告らに対する損害賠償請求は失当である。
5 もっとも、右にみたように、本件封筒の表面に貼り付けられた本件宛名ラベルを見れば、原告が被告東洋信託と何らかの取引関係を有していることや原告の住所等を知りうる状況にあったから、被告東洋信託は、右投函依頼行為により、被告積水ハウスに対し、原告の主張する本件情報を知る機会を生じさせたといえなくもない。
そこで、右が原告の主張するプライバシー権を侵害する等被告東洋信託が負うとされる守秘義務に反するかどうかについて検討する。
(一) 憲法一三条の定める個人の尊重の理念は、すべての国民が個人として尊重され、国家などの不当な干渉から自由であることによってはじめて自由や幸福追求に対する権利を享受できることを明らかにしているものであるが、その理念に照らすと、人が国家などにより他人に知られたくない個人の私的事柄をみだりに不特定または多数人に対して公表されることや、また、他人に知られたくない個人の私的事柄をみだりに第三者に漏洩されることを許さないことが要請されるところである。そして、右の要請は、今日の情報の発達した社会においては、国民と国家との間の関係に止まらず私人相互間においても事情の許す限り妥当すると解すべきであり、その見地から右の要請は私法上の法律関係においても保護に価するものというべきである。
(二) ところで、銀行と預金契約を結んだ者(以下「預金者」といい、これに対し、預金者が預金契約を結んだ銀行を、以下「取引銀行」という。)は、預金者の財産を管理するという銀行業務の性質上、預金の預入れ・払戻しの状況、残高のみならず、その資産状況、信用状態、身分関係、病気等の私生活上の事柄まで取引銀行に知られる場合があるが、右はいずれも一般には知られていない個人の私的事柄に属することであり、当該預金者が公開を欲しないであろうと認められるものであるから、当該預金者がこれらの情報をみだりに他人に知られないことは、前記説示からも法律上保護に価するものということができる。
したがって、取引銀行は、銀行制度及びその業務の性質上、当然に預金者の預金の内容等の一定の私的な情報について秘密を守るべき義務を負うものであるから、取引銀行が職務上知り得た右の私的な情報を正当な理由なく守秘義務に反して不特定または多数人に公表し、または第三者に漏泄した場合には、原則として債務不履行あるいは不法行為責任を負うというべきである。そして、それは、取引銀行が右私的な情報を共同事業のために利用する際にもあてはまるから、取引銀行が共同事業の相手方にこれを正当な理由がなく漏泄した場合は、右同様の責任を負うというべきである。
(三) これを本件についてみるに、前記認定の事実によれば、被告東洋信託が行ったことは、同被告の顧客の宛名ラベルの貼られた本件封筒を含む郵便物の投函を共同事業者である被告積水ハウスに依頼したに過ぎないのであり、その場合、本件封筒等の表面に受取人である原告らの住所、氏名、お客様番号が記載されていたが、被告積水ハウスは、その保管の目的などから本件封筒等の表面の記載には全く関心を有しておらず、その記載を子細に見ることもなかったといえる。
そうすると、右によって、被告積水ハウスに対し、被告東洋信託と受取人である原告らとの間に何らかの取引関係があることを知る機会を生じさせたことは否定できないとしても、それが直ちに前記守秘義務の対象となる一定の私的情報に当たるとまでいえるかは疑問が残り、仮にこれに当たるとしても、右態様からみて、それは被告東洋信託において前記守秘義務に反して原告の主張する本件情報を被告積水ハウスに漏泄したというには当たらないというべきである。
また、原告は、プライバシー権を情報をコントロールする権利であるとして、取引銀行は、その保有する個人情報を漏洩すなわち第三者の認識可能な状態に置いてはならない守秘義務を負う旨主張する。そして、弁論の全趣旨によれば、確かに私人相互間においても、国民の私的な情報の管理が適切になされることが時代の要請の一つとなっていることが窺われ、それは取引銀行における預金者の情報管理の在り方、守秘義務の内容にも影響を及ぼすことは否定しえないとしても、現行法上、前記説示の守秘義務を超えて右主張のように解すべき明白な根拠もない。なお、前記認定の本件事情の下においては、右主張を前提としても、被告東洋信託の本件封筒等の投函依頼行為をもって当然に右主張の守秘義務違反に当たるとまでいえるかは、疑問の残るところである。
そうすると、いずれにせよ、被告東洋信託に守秘義務に違反した債務不履行があるとか、プライバシー権侵害の不法行為があるということはできない。
(四) なお、原告は、被告東洋信託の顧客用宛名ラベルを貼付した郵便物を、被告積水ハウス名義で送付すること自体、原告に精神的ショックを与えるもので、被告らの共同不法行為に当たる旨も主張する。
前記認定のとおり、右の点について原告が不審を抱いたことは認められ、したがって、被告らに、少なくともこの点についての配慮が欠けていたことは否定しえないが、前記認定のように、本件勉強会が被告らの共同事業であり、また、本件封筒の中には、協力被告東洋信託調布支店の記載がされていることをも考慮すると、右の点が直ちに違法であり、被告らの共同不法行為に当たるということもできない。
(五) 以上の説示によれば、原告の主張する被告積水ハウスの行為が不法行為に当たるということもできない。
その他、被告らの行為が債務不履行ないし不法行為に当たることを認めるに足りる証拠はない。
6 そうすると、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
二以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり、判決する。
(裁判長裁判官淺野正樹 裁判官升田純 裁判官鈴木正紀)